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〜ガラスとアフリカ〜
ガラスの歴史は想像以上に古く5000年以上の歴史を持つ。紀元前3000年ごろメソポタミア(またはエジプト)がガラス発祥の地といわれているがどちらも高度な古代文明が発達した地であり、その工芸文化もまた非常に高度なものであった。ガラス発見にまつわる説としては、焼き物の釉薬(うわぐすり)はガラス質であるためそれが発展しガラス単体を作るようになった、または銅の精錬の際の高温で炉に含まれた珪酸質などが溶けて固まったガラス質の物体からガラスの発見に至ったという説がある。
その後ユーラシア各地で発展したガラス製造・ガラス工芸であるが、サハラ以南アフリカではガラスはもっぱら域外から輸入される高価なものであり、独自のガラス工芸は生まれなかった(註:伝統工芸の枠内ではという意味)。
サハラ以南アフリカに輸入されるガラスの中にはガラスの器なども当然含まれてはいたが、なんと言ってもアフリカの人々が一番好み、千数百年にわたり域外との貿易の主要輸入品であり続けたガラス製品はビーズ(グラスビーズ)である。
*様々な色形のガラス製シードビーズ
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ビーズといってもさまざまな材質のものがあるがグラスビーズの発明以来現在に至るまでビーズの主流を占めるグラスビーズ(ガラス製ビーズ)は製造に高度な技術が必要であったため世界の限られた地域でのみ製造されてきた。非常に小さい粒のグラスビーズ=シードビーズは紀元前200年頃にインド南部で発明され以後十数世紀にわたり世界の市場を独占し続けた。インド産のシードビーズは東アフリカ・南部アフリカにはインド洋交易を通じて、また西アフリカにはアラブ商人の手を介してサハラ縦断交易によってもたらされた。非常に高価な輸入品であったグラスビーズはタカラガイとともに貨幣として流通し、また王、貴族、聖職者などの特権階級の威信財として用いられ、シードビーズを使った工芸品が発達した。
*トンボ玉(シェブロン玉)
ヨーロッパとの海上交易が盛んになった16,17世紀頃ヴェネチア(現イタリア)産のトンボ玉やシードビーズがサハラ以南アフリカにもたらされ始めた(ベネチア産シードビーズはその後インドから世界市場を奪うまでになった)。豊かな色彩と模様を持つこのトンボ玉の美しさはアフリカの権力者、有力者たちを虜にし、ヨーロッパの商人はヴェネチア玉と引き換えに金や香辛料、象牙、奴隷を手に入れた(後にオランダ玉、ボヘミア玉なども取引に用いられた)。
その後19世紀の後半ごろからはボヘミア(現チェコ)がビーズの一大産地として発展し徐々にアフリカ市場を占有していった。ボヘミアからはシードビーズの他にも形押しの大き目のビーズ(電球型、スネークビーズ、マーブルビーズなど)もつくられこちらは主に西アフリカ向けに輸出されている。現代ではアフリカ向けのビーズを生産している主な国はチェコ、台湾、中国(順不同)と思われる。
*ボヘミア産型押しビーズ(スネークビーズ)
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〜アフリカのガラス工芸〜
さて、「アフリカのガラス工芸特集」のくせに前段で「サハラ以南アフリカではガラスはもっぱら域外から輸入される高価なものであり、独自のガラス工芸は生まれなかった」などと書いてしまったが、サハラ以南アフリカで私が知る限り唯一といってもいいガラス工芸(少なくとも西アフリカでは唯一)が再生トンボ玉または再生グラスビーズである。ここで言うアフリカのガラス工芸とは伝統工芸の範疇のものを指し現代のガラス工芸を含まない。またセネガルなどのガラス絵もガラス自体を加工するのではなくガラスに絵をかくものなのでこれも含まない。
・再生トンボ玉/再生グラスビーズ
とはヨーロッパなどから輸入されたガラス製品のガラスくずを利用して19C後半または末頃から西アフリカ(現コートジボワールが発祥)で作られ始めたトンボ玉またはグラスビーズのこと。
ガラスくずを粉末にし粘土で作った型の中に詰め、火にかけてガラスを溶解させてつくる。その際中心に植物の茎などを立てておくので、火にかけて茎が燃えた後にはひもを通すための穴が残ることになる。様々な色のガラス粉を交互に型に詰めれば好きな模様のトンボ玉を作ることができる。つやのないざらざらした質感が特徴的な素朴な味のトンボ玉であり、現在もギニア湾沿岸地域(コートジボワールやナイジェリアが主な産地)で数多く作られている。
なお、当店では扱っていないがモーリタニアの再生トンボ玉「キファ」は、その発祥が13世紀頃まで遡りうるとの説も唱えられている。
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アフリカの藍染め特集は2022年2月末日をもって終了しました
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