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アフリカの牛牧民特集は2011年11月末日をもって終了しました



広大なアフリカの大地に牛とともに生きる人々。

地平線まで続く平原を
牛の群れを率いて闊歩する彼らの姿は、
過酷な大自然の中で生きる者の誇りと美しさに満ち溢れいる。
 牛の群れ。スーダン共和国西部ジェベル=マッラ山地にて 過去の特集を見る>>

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〜アフリカの牛〜
 とは偶蹄目ウシ科ウシ亜科の動物の一種。古くから家畜として飼育され、その家畜利用の起源は新石器時代の西ニジェール河沿いを歩む牛の群れ:マリアジアにまでさかのぼるという。アフリカではヨーロッパ由来の原牛型とインド由来のゼブウシ(背中にこぶがある)、さらに両者の交配による中間種が見られる。 最初にアフリカにもたらされたのは原牛型の長角種のウシであり大体6〜7000年ほど前にエジプト経由でアフリカに入ってきて、北・東アフリカで広く飼育されていたが現在ではほとんど残っていない。原牛型短角種葉4000年ほど前やはりエジプト経由でアフリカ大陸に入り現在は西アフリカ沿岸部、地中海地方に分布している。

 ゼブウシが最初にアフリカにやってきたのは4000年ほど前のこれまたやはりエジプトであったが、7Cからのアラブイスラムのアフリカへの拡大に伴いアフリカに大量にもたらされ、現在もアフリカ東部からサヘル地域まで広く飼育されている。原牛型とゼブの混血種もおおくみられサハラ以南のアフリカ各地に分布している。

 アフリカでは牛は食用にされることはあまりなく主に乳を食用として利用する(東アフリカの
     フルベの飼うの群れ。マリ共和国ニジェール河大湾曲地帯にて
遊牧・牧畜民の間ではウシの血を食糧として
用いることもある)。アフリカの伝統的農業では牛牧と農業が結びついた例はあまりなく、一般的に牛耕も行なわれず牛糞を肥料として利用することもなかった(西アフリカのフルベと近隣の農耕民の間では刈り入れの済んだ畑にフルベのウシを放し、残った草を食べさせ、そのウシの糞を肥料として農耕民が利用するという関係が見られる)。

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〜西アフリカの牛牧畜民〜
 西アフリカの牛牧畜民としてはサヘル地域一帯に居住するフルベがいる。フルベは東はスーダン共和国西部から西はセネガルまで、北はニジェール北部から南はギニアカメルーンまで、サヘルの広大な地域に居住する牧畜民であり自称はフルベ。周辺の他民族からフラニ、プール、フラなど様々な呼ばれ方をされている。

着飾ったフルベの少女 ニジェールにて 6〜4千年前、サハラがまだ緑に覆われていた時代にサハラ各地で牧をおこない多数の岩壁画を残した人々がいた(牛の時代の壁画)。その壁画に描かれた生活、風俗と現在のフルベ人のそれとの間に共通点が多く見て取れることから、それらの壁画を描いた人々がフルベの遠い祖先ではないかといわれている。フルベ人の起源については長年の間様々な説が唱えられてきたが現在最も有力と思われる説は、フルベ発祥の地はセネガル河流域であるというものである。セネガル河流域にいたフルベ人たちが15,16C頃からサヘルを東に移動し始め、各地で定着、移動を繰り返し、フルベの居住地域はついにはサヘルを横断しスーダン共和国のナイル河周辺にまで及ぶようになった。

 現在フルベが一定数居住する国は、モーリタニアセネガルガンビアギニア共和国ギニアビサウシエラレオネコートジボアールマリブルキナファソガーナトーゴベナン、ニジェールナイジェリアカメルーンチャド中央アフリカ共和国スーダン共和国など20ヶ国近くに及び、おそらくアフリカでもっとも広範囲にわたって居住する民族であるといえる。

 フルベの伝統的な生業はを中心とした牧畜だが半定住の半農半牧、定住し農耕、商業に従事する者、都市生活者も多く、現在では純粋な移牧生活を送るものは、ボロロ/ウォダーベ(ニジェール、カメルーンなどで現在も伝統的な牧畜生活を続けるフルベのサブグループであり特徴的な髪型、美男子コンテストなどの祭りで知られる)くらいとなっている。上記の国では市場などで乳製品(チーズ、バターなど)を売るフルベの女性の姿がよく見られる。

 考古学的研究からはフルベの故地はセネガル河流域と考えられているが、フルベ自身の伝承によれば遠い祖先が東からやって来たといわれていて(西アフリカにはほかにも東方または北方起源伝承を持つ民族がいくつかあるーヨルバアシャンティなど)、その祖先は白い肌をしていたという。実際、典型的なフルベ人は長身痩躯、赤銅色の肌に波状の毛髪、長く通った鼻筋
        フルベの少女・ニジェールにて         といった、周辺の黒人系住民とは異なる特徴を持っている。こ
                             のことからフルベ人は地中海人種と黒人系住民が長い間の交婚を繰り返して生まれた民族ではないかとも言われている。その結果かどうかはわからないが、フルベの女性の美しさは自他共に認めるところで、周辺の民族の中にはフルベ女性の美しさを謳った歌を持っている民族もいる。

 フルベの女性はまた顔の刺青を入れることでもしられていて、地域によって刺青を入れる箇所、文様などは様々である(口の周りを黒く塗りつぶす:セネガル・マリなど。口の周り、頬、眉間などに幾何文様を彫る:ニジェールなど)。

 西スーダンでは比較的早い時期に民族単位でイスラム化したフルベ人たちは18C後半から19C後半にかけて、当時西アフリカで一般的であった土着の信仰との習合的イスラム信仰を批判し、西スーダン各地で相次いでジハードをおこした。フルベのジハードの結果として各地でイスラム神権国家が樹立され、西アフリカのイスラムかに拍車がかかった。 主なフルベ・イスラム国家としてウスマン=ダン=フォディオソコト帝国マシーナ王国エル・ハジ=ウマルトゥクロール帝国などが挙げられる。

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〜東アフリカの牛牧畜民〜
  一方の 東アフリカには多数の牛牧民が存在し、その多くはを神聖視し、経済的価値観、社会的価値観、宗教的価値観の中心にすえている。このように牛に重点を置いた東アフリカの牧畜文化・社会のことを「東アフリカ牛牧文化複合」と呼ぶ。彼らは大きく分けてクシ語系アファールオロモソマリレンディーレなど)とナイル-サハラ語族東スーダン諸語マサイヌエルディンカサンブル)に属するものの二系統がある。クシ語系の諸民族は牛というよりもラクダが中心(ラクダとウシを柱にヒツジやヤギなどの小家畜も多数飼育する。食肉となるのは通常こちらの小家畜のほうである)であり、ナイル語系牧畜諸民族には「お気に入りの牛」という、一定の基準に従って選んだ牛を特別にかわいがって育てるという習慣も広く見られる。かれらににとってはウシは単なる財産以上の宗教的存在であり、東アフリカの牛牧民ボディは、お気に入りのウシが死ぬとその悲しみを癒すために他民族の者を殺す旅に出る、という物騒かつ傍迷惑な習慣を持っていたほどである。

 東アフリカ牛牧文化複合に属する民族の多くに共通する特徴として、色や模様に対する感覚が鋭い。これはさまざまな色・模様を持つ家畜(牛)を個体識別していることから来る能力と考えられ、この色・模様に対する語彙の豊富さ、感性の豊かさは彼らの文化の大きな要素となっている。

 東アフリカの牛牧畜民の中で一番有名なのはおそらくマサイであろう。長身痩躯、赤銅色の肌に赤い衣を纏い双頭の槍を持った「草原の戦士マサイ」の名は日本でもよく知られている。マサイはケニアタンザニア両国にまたがる広大なサバンナ暮らすナイル語系牧畜民であり畜産品(家畜の肉、乳、血)を主食とする。マサイの共同体は少年・青年組(戦士階級)・長老の三つの年齢組織によって構成されている。マサイの生活を支えている牛牧は主として青年組の仕事であり、彼らは村を離れ青年組だけの集落を作って暮らしている。またマサイの戦士(モラン)としてよく写真などに写っているのもこの年齢組の青年たちであり、家畜を守るためにライオンなどの猛獣と戦うことや、他民族との戦争なども彼らの仕事である(あった)。

 マサイの男は槍一本でライオンを仕留めてはじめて一人前の戦士として認められるという。近隣民族にも同じような習慣を持つ民族がいるが、彼らの場合、ライオンが見つからなかった時はマサイの戦士を一人殺せば、ライオンを仕留めたのと同じ名誉を受けることが出来たという。物騒な話ではあるが、ライオンと同等視されるほどマサイの勇猛さが近隣に畏れられていたことを示すエピソードである。

 また南部アフリカの牛牧畜民としてはコイ(遊牧・移牧中心)がいる。数百年前から南部アフリカに移住してきたバントゥー系諸民族にもズールーコーサなど農耕・牧畜(牛を中心とする)を生業形態とする民族が多い(バントゥー系と接触し牛牧を始めた先住民サンの一派がコイの祖先だと考えられている)。

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〜アフリカの牛牧民の工芸〜
フルベの羊毛布Kaasa:マリ アフリカに暮らす数多くの牛牧畜民の中からこの項では西アフリカに暮らすフルベの工芸を取り上げてみたい。フルベの工芸品でもっとも有名なものはおそらくフルベ女性が身に着けている巨大な金のイヤーリングだろう。薄く板状に伸ばした金を加工して作った輪状の巨大なイヤーリングの写真を見たことのある人も多いかもしれないが、金を「腐った金属」として忌避するトゥアレグとは対照的にフルベの女性は金の装身具を好み、ねじり棒状のフープピアス、鼻ピアスなども好んで身に着ける。ビーズアクセサリー、ビーズを飾りつけた革製品などのも好まれている。

 さらに工芸品の作り手としてフルベの名を高からしめているのは彼らのつくる毛織物であろう。西アフリカでは普通あまり毛織物はつくられないが牧畜民であるフルベはヒツジの毛を使い複雑かつ美しい文様を織り込んだ毛布を織ることで知られている。特にニジェール河大湾曲地帯(ニジェール河が北に大きく張り出して流れている地域)でつくられるフルベの毛布はKaasaと呼ばれ近隣地域だけでなく、遠くガーナアシャンティまでが好んで買い求めるものである(アシャンティ自身もケンテ布というすばらしい布の織り手であり、このことからもフルベの毛布の素晴らしさがうかがえる)。現在では木綿や化学染料の普及に伴い、毛織物で培った技術を生かした綿織物も盛んに作られている。鮮やかな色に染められ縞模様や市松模様に織り上げられた布はフルベ社会の中のみならず近隣諸民族からも好まれている。
                                                               フルベの羊毛布Kaasa

 アフリカのほかの民族と同様フルベの暮らしの中でもひょうたんが重要な役割を果たしているが、牧畜民であるフルベにとって軽くて持ち運びやすいひょうたんの重要性は農耕民にとってのそれよりも高いかもしれない。複雑な幾何文様を刻み込んだフルベのひょうたん容器、長年にわたる使用の間にヤギのミルクが染み込んで飴色の艶やかな光沢を帯びたひょうたん容器は、アフリカのひょうたん容器の中で最も美しいもののひとつといっても過言ではないだろう。

 東アフリカのマサイの工芸としてはビーズ細工があげられる。シードビーズ(小粒のビーズ)を連ねて作ったアクセサリーがよく知られてるほか、ひょうたんなどの日用品にシードビーズで装飾を施したものも作られている。

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