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ギニア特集は2015年11月末日をもって終了しました








サバンナから山岳地帯、熱帯雨林まで変化に富んだ国土に暮らす多様性に富んだ民族。

マリ帝国発祥の地ギニアに花開いた工芸文化の数々をご紹介いたします。
ギニア東部カンカン近くの村にて 過去の特集を見る>>

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〜ギニアの歴史・民族・社会〜
フータ=ジャロン山地:ギニア*この項で特に断りなくギニアといった場合はギニア共和国をさす。
ギニア共和国:アフリカ西端、大西洋に面した国。首都はコナクリ。南隣の国ギニア=ビサウと区別するため首都の名を続けてギニア=コナクリとも言う。北でセネガル、北東部でマリ、東部でコートジボワール、南でリベリアシエラ=レオネ、ギニアビサウと国境を接し、西は大西洋に面している。沿岸部は熱帯雨林、北東部はサバナ気候、内陸にはフータ=ジャロン山地ニジェール河の水源でもあるギニア山地、南部のニンバ山などいくつかの山岳地帯をかかえ、気候的にも地形的にも多様性に富む。

地理または歴史で言う場合のギニア(歴史的ギニア)とはサハラ以南の乾燥地帯を漠然とスーダン(≒サヘル)と呼ぶのに対して、漠然とサヘルの南の、西アフリカ・ギニア湾岸一帯およびその内陸の熱帯雨林、森林地帯地方をさす地名である。現国名で言うと西はギニア=ビサウあたりから東はカメルーン西部あたりまでの熱帯性気候の地域をギニアと呼ぶ。ギニア(地域名)に含まれる国は西からギニア=ビサウギニア共和国シエラレオネリベリアコートジボアールガーナトーゴベナンナイジェリアカメルーン西部となる(いくつかの国の北部はスーダン≒サヘル地域となる)。なお、ギニア湾の範囲の地理学上の定義はリベリアのパルマ岬からガボンのロペス岬までとなる。したがってギニア共和国はいずれの定義にも当てはまらないことになる。現ギニア共和国にあたる地域がギニアと呼ばれ始めたのはフランスによる植民地化が進んだ1890年代以降のことである。

*写真は同国内陸の山岳地帯フータ=ジャロン

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サハラ以南のほかのアフリカ諸国と同様ギニア共和国の古い歴史についてはいまだ解明されていないことが多い。これは文字資料が極端に少ないこと、気候条件のため考古学資料が残りにくいことなどが原因である。現ギニア共和国の領域の歴史で現在のところさかのぼれる最古の時期は古代ガーナ期であり現ギニアの内陸部がガーナ王国に服属(または朝貢)していた。

カンカンのバスターミナル:ギニアガーナ王国は11C後半に北からやってきたベルベル系王朝(モラビート朝)によって崩壊した。ガーナ王国崩壊後の西アフリカ内陸部は混乱の時代が続きその中から最初に頭角を現したのが、スマングル率いるテクルール王国(またはスス帝国)であった。 テクルールは旧ガーナ王国の首都クンビ=サレーを攻略。さらにガーナ王国旧領の諸国に支配の手を広げようとしたが、現ギニア北東部の王国カンガバの王スンディアタ=ケイタとの戦いに敗れた(キリナの戦い:1230年?・伝説によれば妖術合戦の末敗れたスマングルは唯一彼を傷つけることのできる魔法の矢で射られ姿を消したと伝えられている)。

このスンジャタ=ケイタこそがアフリカ史上屈指の大国マリ帝国の建国者である(若干ややこしいがマリ帝国発祥の地は現マリ共和国ではなく現ギニア共和国ということになる)。こうしてギニア北部はマリ帝国の一部となり(というかギニア北東部の王国が膨張して西アフリカ内陸部の大半を支配するに至ったともいえる)、マリ帝国崩壊後はそのあとを襲ったソンガイ帝国の版図に入っていたが、16C末のモロッコ襲来によるソンガイ帝国滅亡後は帝国旧領の他地域と同じく小さな王国が割拠していたものと思われる。

現ギニア共和国中部に目を転ずると、17C前半ごろに中部の山岳地帯:フータ=ジャロンギニア共和国セネガルとの国境地帯にある山岳地帯。平均標高約900m、最高峰はルラ山で1515m)にイスラム化したフルベ人の王国が建国されていたと考えられている。この王国は18C後半から19C後半西スーダンを席巻することになったフルベ人によるイスラム国家建設のさきがけとして知られている。

*写真はマリ帝国発祥の地に程近いギニア東部の都市カンカンのバスターミナル

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カンカン近くの村にて:ギニアギニア共和国ギニア=ビサウ沿岸部にヨーロッパ人が始めて来航したのは15C半ばのことで、ポルトガル人によるものであった。その後数世紀にわたりヨーロッパ人は沿岸部に拠点を築き交易(大西洋貿易:アフリカ側からの主な輸出品は人間=奴隷、金、象牙、香辛料など)が行われてきた。19C後半のアフリカ分割(植民地化)の時代になるとヨーロッパ人:この地域ではフランス人とポルトガル人が内陸部への侵攻を開始し、のちにギニア共和国、ギニア=ビサウとして独立する地域を植民地とした。

アフリカ側も植民地化を黙ってみていたわけではない。現ギニア共和国東部のマリンケもしくはジュラの商人の家に生まれたサモリ=トゥーレ(1830年〜1900年)は19C末にニジェール河上・中流域に大帝国を作り上げフランスに徹底抗戦した。若い頃は商業に従事していたサモリはその後軍人になり1881年にはニジェール河上流域の支配を確立していた。この頃からサモリはイスラムに傾倒、86年には自らアルマミを称し帝国をイスラム国家として運営することを宣言した。1880年代にはニジェール河上・中流域一帯を支配する大帝国を築いたが91年にフランス軍と衝突、敗退。東方に転進しながらフランス軍への激しい抵抗戦を繰り返した。転進を繰り返しコートジボアールガーナ北部(この時期を第二次サモリ帝国と呼ぶこともある)に本拠地を移しフランス軍に対し頑強に抵抗するも98年についに降伏。サモリはガボンに流され同地で1900年死亡した。

現ギニア=ビサウでは抵抗はさらに激しくポルトガルによる植民地化が完了したのは1936年であった(アフリカ全域で最後まで植民地化に抵抗した地域のひとつ)。

*写真は同国第二の都市で北東部の中心カンカン付近の村

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首都コナクリの市場:ギニアギニア共和国は第二次大戦後アフリカ独立のうねりが高まった1950年代後半に他のフランス領アフリカ(多くの国は1960年に独立=アフリカの年)に先駆けて1958年に独立を果たした。独立を率いたのはサモリの孫セク=トゥーレであった。独立後のギニアは度重なるクーデター、政情不安などが続き、近年はエボラ出血熱の大流行にも見舞われた。世界有数のボーキサイト産出国であり金・ダイアモンドといった鉱産資源も豊富であり、今後の経済成長が期待される。

ギニア共和国の主な民族はマリンケフルベススなど。首都コナクリを含む西部にはススが、中部山岳地帯ではフルベが、北東部ではマリンケがそれぞれ主要な民族となっている。大西洋沿岸部にはススのほかにもバガ、ナル、ヨラなどの民族が居住し、フータ=ジャロンを中心とする高原地帯にはフルベのほかトゥクロール、ジャロンケなどが、南部森林地帯にはキシトマ(ロマ)、マノン、ゲルゼなどが居住している。

国民の大多数(8〜9割)がイスラム教徒であり西アフリカ南部の国としては非常にイスラムの影響が強い国であるが、イスラム化以前の伝統的な文化も根強く残っている。イスラム教徒が多いわりには飲酒も盛んでギニアの国産ビール「ギリュックス」は私が今まで飲んだアフリカ産ビールの中で一二を争ううまさである(小瓶しかないのが残念!)。

*写真は首都コナクリ中心部の市場近くの鉄道陸橋

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ニンバ像と蛇の像:ギニア〜ギニアの工芸〜
ギニア共和国は気候的にも地形的にも民族的にも多様性に富み、マリ帝国サモリ帝国発祥の地でもあり、豊かな歴史と伝統文化(工芸・音楽など)を持つ国として知られている。

北東のマリ共和国とにまたがって住むマリンケは近縁のバンバラと類似した様式の彫刻で知られる。南東部のリベリアとの国境地帯に住む民族のひとつトマ(ロマ)もその特異な仮面が有名であるがギニアで一番知られている彫刻の作り手は大西洋岸に住む少数民族バガであろう。

彼らの代表的な彫刻の一つがニンバ像であり、もう一つが蛇の像でありギニアのみならずアフリカを代表する彫刻として広く知られている。ニンバはバガの信仰する豊穣の女神であり、豊作祈願の祭儀の際、踊り手は樹皮でつくったみの状のカバーで体を覆い隠し、頭上にニンバ像をのせて踊りる(→頭上面)。豊かな乳房は地の実りを象徴するとともに人の実り(安産・多産)も象徴し、子孫繁栄の女神としても信仰されている。その他染織工芸では藍染めがよく知られている。

*写真左手前がニンバ像。
 写真左奥と写真右端の細長くにょろにょろした形のものが蛇の像

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