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マリ帝国特集は2011年9月末日をもって終了しました





黄金の王国と讃えられ、西アフリカ史上最高の繁栄を謳歌した帝国マリ

アフリカの黄金時代ともいうべきその栄光の記憶と誇りは、今なお人々の胸に息づいている
 マリ帝国発祥の地ニアニ付近の街カンカン(ギニア共和国 過去の特集を見る>>

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〜マリ帝国とは?〜
 13C?〜15C末にかけて現在のマリ共和国ギニア共和国セネガルの版図を中心に繁栄したマリンケなどマンデ系民族の帝国。豊富に取れる金をもとでに、サハラ縦断交易により繁栄した。版図、国力ともにアフリカ史上最大規模を誇り、その豊かさは遠くヨーロッパにまで鳴り響いた。

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〜マリ帝国の歴史〜
 マリ帝国は、マリ帝国以前に現モーリタニアマリを中心に栄えたガーナ王国の辺境に当たる現ギニア北東部ニアニ、カンガバを領土とする小王国であリ、ガーナ王国の宗主権下にあった。マリ王国の起源ははっきりとはしないがマリがアフリカ史を代表する大帝国となる数世紀前にはすでに成立していたと思われる。

トンブクトゥ:ジンゲルベリモスク 11C末、ムラービド朝(現モロッコ・モーリタニア)の侵攻によりガーナ王国が崩壊したことにより西スーダン(西アフリカ内陸部)は100年以上に及ぶ動乱の時代へと突入した。動乱の時代を経て、ガーナ王国の旧領を支配したのはテクルールセネガル川中流域を中心とした王国。スス帝国とも呼ばれている。ギニア共和国沿岸地方に住む民族ススはこの王国の遺民であるといわれている)の王スマングルであったが暴政をしいたため国情は不安定であった。

 テクルール王国の支配下にあったカンガバ(ニアニ)の王子として生まれたスンディアタ=ケイタは異母兄により国外に追放されていたが1230年頃隣国の王の援助を受けカンガバの王位を奪取。さらにスマングルに対し戦いを挑み、現在のマリの首都バマコ近郊のクリコロの近くに位置するキリナの会戦においてスマン
                  マリ帝国の大交易都市トンブクトゥ       
グルを(伝説によれば妖術合戦の末)打ち破り、ガーナ王国の旧領の支配権を確立した。スンディアタが王位についた1230年頃から彼の国は「王の住まう所」を意味するマリと呼ばれるようになった(マリはカバの意味であるともいわれ、マリ王家:ケイタ一族のトーテムはカバである)。マリ帝国はスンディアタの息子であり二代皇帝であるマンサ=ウリの死後10数年間混乱が続いたが第六代皇帝マンサ=サクラの時代に国力を回復した(マンサとは「王」や「皇帝」を意味する)。

 マリの繁栄は1310年頃に即位したマンサ=-カンカン=ムーサの治世に最盛期を迎える。カンカン=ムーサはサハラ縦断交易ルート、ニジェール河水運、サヘルの交易都市、南の森林地帯の金産地を掌握し広大な領土の隅々まで皇帝の支配をいきわたらせた。マリ帝国経済の生命線サハラ縦断交易は、別名塩金交易とも呼ばれ、サハラの塩とサヘル以南で取れる金との交換が交易の柱であった(マリ帝国は内陸部にあったため塩の確保が必須課題であった)。他にも北からは・繊維製品・装飾品・ガラス・馬などが、南からは象牙・銅・奴隷などがサハラを越えて運ばれた。時代により異なるが主なルートとしてトリポリ-フェザーン(以上現リビア領)-アガデスもしくはビルマ(現ニジェール領)を経由しボルヌー(現チャド領)、もしくはカノ(現ナイジェリア)を結ぶ東ルート、現アルジェリア領からトンブクトゥガオ(現マリ)へ至る中央ルート、現モロッコ領からアウダゴーストワラタ(現モーリタニア領)、さらに時代が下ってからはトンブクトゥ、ガオへと至る西ルートがあった(マリ帝国の時代は主に中央ルート・西ルートがつかわれていた)。

マリ帝国発祥の地ニアニ付近の街カンカン(ギニア) サハラを越えて運ばれてきた品物はトンブクトゥ、ガオ、カノなどの交易都市から南に向かってに張り巡らせれた交易網を辿り、西アフリカ内陸部南部(ギニア地方)各地へと運ばれ、またギニア地方の産物はそのルートを逆に辿りトンブクトゥ、ガオ、カノなどに集められ、サハラ交易網に乗って遠く地中海世界へと運ばれていった(西アフリカ内陸部の長距離交易を担っていたのがマンデ系商人、ハウサ商人などである)。

 サハラ縦断交易のがマリ帝国にもたらした莫大な富を示すエピソードとして、マンサ=ムーサ(カンカン=ムーサ)王が、メッカ巡礼の途中立ち寄ったカイロ(エジプト)で湯水のように金(きん)をばらまき、そのためカイロの金相場が何年にもわたって混乱したというものがある(この逸話は遠くヨーロッパにまで鳴り響き、「黄金の国マリ」伝説はヨーロッ

             マリ帝国発祥の地ニアニ付近の街カンカン(ギニア共和国)           
パ人による19Cの西アフリカ内陸探検の動機のひとつとなった)。ニジェール河中流の交易都市トンブクトゥやジェンネは交易の利益で栄え、トンブクトゥにはサハラ以南最古といわれる大学が創立され、文化、経済の中心地として黄金の都とたたえられた(政治的な首都・王都ではない)。

 1360年頃からマリの繁栄に陰りが見え始める。暗君、暴君が数代続き、15Cに入るとガオソンガイ人の反乱,トゥアレグのトンブクトゥ攻略、セネガンビアの反乱、モシの反乱と、内憂外患が続き、領土の大半を失い16Cにはガオに興ったソンガイ帝国の一地方領主となっていた。

 現代の西アフリカの国家マリ共和国の国名がマリ帝国に由来しているように、西アフリカの黄金時代を築いたマリ帝国の誇りと記憶は現在もマリやギニアなどの人々の中に生き続けている。


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〜マリ・セネガルの工芸〜
‐マリ-
 豊かな歴史と伝統を誇るマリはまたアフリカ屈指の芸術・工芸大国でもある。イスラム化の歴史が新しいことも手伝い、マリ各地には民族固有の伝統文化が色濃く残り、そのことが伝統工芸文化の豊かさにも反映されている。

 マリ工芸の代表はなんといってもその華やかな木彫文化である。ドゴンバンバラマリンケセヌフォなどその仮面・木彫文化で世界に名を知られた民族が名を連ね、特にド首都バマコの工芸品村。様々な品を製作販売している。ゴンの仮面、バンバラのチワラはマリのみならずアフリカを代表する彫刻として名高い。マリの諸民族の彫刻の特徴は、スーダン様式とも呼ばれる直線的、抽象的な造形と、堅牢、力強さと哲学的思索を感じさせる表現にある。幾多の大国が興亡を繰り返してきたマリであるが宮廷美術は発達せず、これらの彫刻はもっぱら民間の需要に応える形で、鍛冶兼業の彫り師などによって作られてきた。

 マリの工芸を語る上ではずせないのがボゴラン(泥染め)藍染めなどのの数々である。伝統的な手織りの細幅木綿布を天然の染料を用い、伝統的な文様に染め抜いたボゴラン、藍染め布はアフリカ工芸の代表格として広く世界に知られている。またマリ中部、東部でつくられる派手な縞模様の手織り布、牛牧民フルベの作る色鮮やかな市松模様の羊毛布、木綿布、砂漠の民トゥアレグの作る毛布など、マリでは様々な伝統的な布がつくられている。また近年はアフリカの風景や日々の暮らしなどを描いたろうけつ染めの布が多く作られ、土産品として人気を博している。
     首都バマコの工芸品村。マリ各地の工芸品が集まる。

 またフルベのつくる彩色、線刻を施されたひょうたん容器、伝統的な文様を焼き鏝などで焼き付けたバンバラのひょうたん容器などのひょうたん細工、豊かな音楽の伝統を支える楽器類(バラフォンコラなどひょうたんで作られたものも多い)、、サヘル地方に広く見られる、アラブ・イスラムとアフリカのスタイルが融合した美しいシルバーアクセサリー、カラフルなビーズアクセサリー、かご細工などがよく知られている。

 工芸といえば忘れてはいけないのがマリ北部に暮らすラクダ遊牧民トゥアレグである。サハラに暮らし、アフリカ屈指の工芸文化を誇るトゥアレグのつくる革細工、世界的に人気の高いトゥアレグクロスをはじめとするシルバーアクセサリー、銀細工などの工芸品の数々は、サハラ以北のアフリカサハラ以南のアフリカが混在するマリの文化的多様性を象徴しているとも言える。

‐セネガル- 
 セネガルの文化で最も知られたものといえばやはり音楽だろう。セネガルはお隣のマリと並び世界中で最も知られたアフリカの音楽大国である。ジェンベに代表されるドラムミュージック。コラなどを用いて演奏されるグリオの伝統音楽。それらの豊かな伝統を受け継いだ現代のポップミュージシャンたち。ユッスー=ンドゥール、クンバ=ガロ、ババ=マールなど世界的に名の通ったミュージシャンたちを何人も輩出してきた。街のレストランでは流しのグリオがコラを弾き歌を歌い、町や村のあちこちでは、しょっちゅう路地をふさいでドラムパーティーが催されている。

セネガル:ダカールの市場 アフリカ美術の本にセネガルが登場することはあまりない。というのもアフリカ美術の主役といえばやはり仮面、彫像の木彫であり本もそれらを中心に編集されることが多いからである。セネガルでは南部の一部の民族、ジョラバサリなどを別にすれば仮面や彫像の伝統がなく、黒檀でつくる現代的な木彫をのぞけば、ほとんどの民族は木彫製作をおこなわない。

 そのかわりというわけでもないだろうが、セネガルでは伝統的に金銀などの金属細工・アクセサリーの製作が盛んである。おしゃれ好きなアフリカ女性の中にあってもセネガルの女性は「セネガルの着倒れ」といわれるほどのおしゃれ上手であり、その身を飾るためのアクセサリー類の種類も豊富であり質も高い。

 サヘルの国でつくられる伝統的金属アクセサリーは銀に黒檀の木片
      首都ダカール最大の市場サンダガの喧騒。色とりどりの衣装を着た人々が行きかう。
や樹脂を象嵌したものが多い。セネ
ガルでもそのタイプのアクセサリーの製作が盛んであり、首都ダカールの市場の一角には銀細工視の店が軒を連ね、非常に質のいいものがつくられている。西アフリカの国々の都市(少なくとも首都)には必ずといっていいほどセネガル人のアクセサリー店があることからもセネガルの職人たちの技術の高さが伺える。

 セネガルの工芸品として知られたものは、バティックガラス絵、砂絵などのほかにも様々のものがあるが、アフリカで最も都市化の進んだ国でもあるセネガルらしい現代的・都会的なセンスの光るものが多い。

〜かつてアフリカの黄金郷とも讃えられたマリ帝国が栄えた地
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